シティタワー銀座東|マンション・戸建 情報ブログ

シティタワー銀座東

江戸時代、この周辺は。

2017年02月23日(木)

湊エリア

こんにちは。
本日は、【シティタワー銀座東】周辺地域の歴史に関して触れてみようと思います。

こちらは嘉永四年(1852年台頃)作製の江戸古地図で、

右上の辺りに『松平アハ(阿波)』とあるのが
建設地になります。

元は「松平阿波守」殿のお屋敷があり、
江戸時代は周辺一帯が武家屋敷だった事が分かりますね。

物件住所である「湊」は、江戸図によると「本湊町」と記載されており、
非常に歴史のある地名であることが分かります。

ちなみにこの『松平阿波守』

『蜂須賀家』であり

大河で岡田准一さんが主演された

【軍司・黒田官兵衛】

にも、源流である蜂須賀小六が出ておりました。
非常に人気のある戦国武将の一人ですよね。

蜂須賀小六の孫の代から、家康の旧姓である
『松平』姓を与えられたようで、
江戸城下にお屋敷を構えていたという事でしょうか。

当物件は、そんな歴史ファン的にもたまらない立地に誕生いたします。

湊町だけでなく、中央区は、都市機能を江戸時代からそのまま受け継いでおり、
下の広域地図を見ますと、数百年も昔から、今とほとんど変わらない都市機能を備えていたことが分かります。

江戸城(現皇居)の東側にはお奉行様の上屋敷が立ち並び、
そこは今でも丸の内・大手町として、本社中枢機関が残ります。

お壕(現外堀通り・東京駅八重洲側)の先には貨幣を製造する「金座と銀座」があり、
金座は「日本橋」と地名を変え、今でも金融の中心地となっております。

また、銀座は銀貨製造時の地名が残り、江戸で最も有名な元祖ショッピングストリートになったという歴史が有ります。

『ギンザ』の地名もこの頃から記載がありますね。

【シティタワー銀座東】が誕生する
「湊」地区周辺は、江戸城に一番近い民間居住区の一角だったという事が
古地図から読み取ることが出来ます。

【シティタワー銀座東】は、東京の最先端や進化を間近で感じながらも
江戸の歴史に思いを馳せる事もできる立地に誕生いたします。

物件見学に是非お越しくださいませ。

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